SSブログ

聞こえる――(星屑に夢視て 下) [小説Ⅲ]

この前の続きです。

一応ワンクッション。



聞こえる―― 星屑に夢視て

北海道にかえって、両親と共に暮らし始めて、
僕はよく夢を見るようになった。
どんな内容かはおぼえていないのに、
目が覚めると涙が頬を伝っているのだ。
それでも、東京で暮らしていた時に比べて、
目覚めは悪くなかった。
まるで、足りない部分を、
無意識に夢で見て埋めているような、
そんな気がしてならなかった。
そんな日常をくり返して、
琴胡と別れてから一年が経とうとしていた。
凍えるような風の吹く季節はもう過ぎ、
だいぶ暖かくなった八月の日、
一つの茶封筒を抱えた高校時代の琴胡の友人が、
僕を訪ねてきたのだ。

「余分な事は話すなって言われたから、
あまり詳しいことは言えないけれど、
これ、琴胡から預かってきたの。」

彼女は茶封筒を僕に押し付けると、
僕の顔を思いっきりはたいた。

「私、今週中は駅前のホテルに泊まるから。
それ、どうするか考えて返事を頂戴。」

そう吐き棄てると、彼女は僕の前から立ち去っていった。

家に帰り茶封筒を空けてみると、中には数枚の楽譜が入っていた。
題名も歌詞も付いていない、音符の羅列だけの楽譜。
懐かしい、琴胡の筆跡。
高校生のときに交わした約束を、
彼女は覚えてくれていたようだった。


――私が曲を作ったら、永ちゃんが歌詞つけるんだよ、真知!

茶封筒を届けてくれた友人、真知に絡みながら、琴胡が笑う。

――無理だって琴胡、永太郎に文才ないじゃん。

そう言ってまた二人で笑うものだから、
やってやろうじゃないか、と調子に乗って、
琴胡と約束したのだ。

期限の土曜日になって真知を訪ねると、
真知は信じられないという目で僕を見た。
ホテルのカフェでコーヒーを飲みながら、彼女は淡々と話し始めた。

「まさか三日で仕上げてくるなんて、思わなかったなぁ。」

なんと言っていいか分からず、
窓の外に目線をずらすと、
彼女はかまわずに話し続けた。

「永太郎は、もう琴胡に会うつもり、ないんだよね?
でも、永太郎は割り切れてない。多分、琴胡も。」

彼女の言う意味が解らず彼女に目線を戻すと、
彼女は真っ直ぐに僕を見据えて、ゆっくりと丁寧に僕に言った。

「割り切れるうちは恋、割り切れなくなったら愛。」

聞き覚えのある言葉に、目を見開く。
その言葉は昔、琴胡が僕たちに言った言葉。

――ねぇ、永ちゃん知ってる?割り切れるうちは恋、
割り切れなくなったら、それは愛なんだって。

「だったらさぁ、もう、愛なんじゃないの?」

彼女は持っていたコーヒーカップを置くと、
今度は目線をテーブルに落とした。
テーブルに置かれた楽譜を、愛しそうに指でなぞると、
彼女は目線を窓の向こうに向けた。
僕も同じ様に窓の外に広がる海に目を向ける。

「僕は・・・
 そうですね、彼女の事を、多分、愛してます。」

やっと口を開いた僕に、彼女は満足そうに笑って、
席を立った。

「その“多分”ってのがなくなった頃に、
また会いに来るわ。」

彼女は鞄から名紙を取り出してテーブルに置くと、
楽譜を大切そうに抱いて、席を立った。

「琴胡の書いた楽譜を持って、ね。」

名紙に書かれた名前をみて、自然と口端が緩む。

―作曲家、榊原琴胡マネージャー 西門真知―

名紙から目を離し、彼女の姿を探すと、
彼女はもう、そこから姿を消していた。

ホテルを出て、楽譜のコピーを抱えて海を眺めてみる。
もう忘れかけていた、
琴胡がはじくピアノの音が――
琴胡の声が――
あの日の笑い声が――
今なら聞こえる気がする。



君と見た海



暑い八月の海で  風に体包まれて  眩しい水平線を  眺めてる君


君の乾いた素肌に 涙こぼれている
 

重ねすぎた悲しみ  少しずつ砂ににじませてくように


海よ  海よ  海よ
 
 
素直な気持ち 気付かせてくれる


君と見た  夏の日の思い出は  いつまでも  輝いてる




ねぇ、琴胡。

今日も僕は、君を夢視るだろう。

あるはずのない、二人で過ごす日々の夢を。

僕の故郷の海で、二人肩を並べて。

君の口ずさむ、この歌が、

聞こえる―――


END

nice!(16)  コメント(3) 

nice! 16

コメント 3

憩

部活での会話を聞いて、この曲が題材になってることは
知ってたが、ここまで完成度の高いものとは
思わなかった。
やっぱり言い回しが独特でいいよな。
いいものを読ませてもらった。
有難う。
by (2010-01-24 20:42) 

まろり〜な

・・・良かった・・・!
人生色々あるよね・・・・

by まろり〜な (2010-01-25 11:26) 

彩

お久しぶりです!

いや、そう言ってもらえるとありがたいです。


by (2010-02-13 10:49) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。